成田だけでの意気込みと誓いせっかく英語を勉強しても、しゃべるチャンスがあまりないというのが日本の現状です。はっきり言って、日本で生活していたら英語なんて必要なし。私も普段はその必要性を感じません。「ああ、私も英語がしゃべれれば……」と落ち込むのは、ほとんどの人の場合、海外旅行先だと聞く(私も昔はそういうことが幾度となくあった気がするけど)。落ち込む人のほとんどは、成田のバゲッジ・クレームでベルトコンベアに乗った自分のトランクが出てくるのを待ちつつ、「よし、明日から英語やろう」と心に誓うわけです。でも休暇が終わると仕事や雑務に追われ、家でも会社でも日本語にどっぷり浸かり、「英語がしゃべれなかった無念さ」をすっかり忘れてしまう。そしてまた半年か1年後に海外旅行へ行って、同じことを思って成田から帰路につくわけです。しかしそういう「無念さ」を感じる人は、実行が伴わなくても「思うだけマシ」で、オヤジやオバハンになるとそんなこと思いもしない。そうなったらもう英語はいらないし関係ないので、ドメスティック(国内的)な人生をかせに押し通せばよいのです。だって英語なんてしゃべれなくても、楽しい人生を謳歌している人はいっぱいいるから。そっちが普通だし、マジョリティでしょう。そんな日本でも「英語がしゃべれれば」とみんなが思う。でも、思うだけで実行する人はやっぱり少ない。だからこの本を読んだ人には、ぜひ「英語がしゃべれる希少価値グループ」に入っていただきたいと思います。実際、英語を披露する機会があれば、株が上がること請け合いです。
Copyright (C) WWW.LZGC.ORG. All Rights Reserved.